ファッション業界を支えるメーカーや工場、職人にプロならではのこだわりの技や知識を聞いてみました
GLEN CLYDE
東京の下町、“谷根千エリア”にオフィスを構える「グレン・クライド」。
創業以来ソックス一筋を貫くが、複数の戦略を組み合わせながらそのブランドを強固なものに育てている。
「ソックス一つで人々を動かしたい、 そして新しい価値をつくりたい。 そこがビジネスの基本です」
代表である橋本満氏の言葉のとおり、グレン・クライドは創業以来24年、ソックスだけをつくり続けてきた。無論、普通のソックスであるわけがない。自社ブランド「CHUP」は米国大手セレクトショップ「J.crew」全店で展開。2014年には米国アウトドアソックス大手「Smart Wool」からの申し出によりライセンス契約を締結。
そして世界最高級綿 「シーアイランドコットン」を使用したカジュアルソックスは日本唯一。また、OEM依頼は国内外から次々に舞い込んでくる。「ビジネスとして儲けるためにはなんでもやらなければ」と橋本氏は言うが、それでも、である。ほかの商材には目もくれず、ソックス一筋。業界でも珍しいと言われる。
「ソックスって意外と手がかかるし、僕らもつい凝ってしまう。要はソックス以外のほかの商材に手が回らないんですよ。でも自社ブランドにOEM、国内外、メンズにレディスと複数の柱を立てれば、商材を増やすことと一緒じゃないかと」
創業は1992年。工場内に間借りして社員は自分1人、机1つ、電話1つだけ——小さな船出だった。ソックスは前職のアパレルメーカーで扱っていた商材だ。会社を辞めた時は「洋服をやりたい、ソックスはもうやらない」と決めていたというが、「無職のまま結婚しちゃって。お金が欲しかったんです」と笑う橋本氏。スタートから主にOEM生産を手掛ける中、93年に日本で初めて「アンクルソックス」を自社開発製品として生み出した。
「必死で営業しましたが、当初はビームスが少し買ってくれただけで、在庫の山に。それが雑誌『ビギン』に掲載された瞬間にビームスから大量追加の注文が入り、大ヒットです。出荷した6000足が客注だけで売り切れ、さらに追加注文が入るほどでした。ブームに追従するのではなく、自社製品からブームが生まれるのを目のあたりにできた。これはすごくいい経験になりましたね」
だが、アンクルソックスの恩恵は5年ほどで終息に向かう。廉価な類似製品が中国から流入し、低価格化の波にさらされたのである。プライスのイニシアティブを握るには、自社ブランドを立ち上げるほかない。
「CHUP」の細かい模様と配色は、世界の先住民の文化からヒントを得る。「もともとネイティブアメリカンの資料を集めるのが好きだったんです」(代表取締役社長・橋本満氏)。配色には「自然界に存在する色を使う」ことにこだわる。柄が複雑であるため、ほかのソックスに比べ生産効率は半分~3分の1。だがその存在はソックスの世界でも唯一無二だ。なお「CHUP」とは、アイヌ民族の言葉で彼らが崇め敬った太陽、月、星々を指す。
そんな思いの末、2009年に自社ブランドの第1弾「CHUP」を立ち上げる。ネイティブアメリカンの伝統柄にインスパイアされた色彩とナチュラルな風合いは決して時流に乗ったものではない。靴下のつま先部分は、職人の手差しで一目一目を合わせて縫製するハンドリンキング。フィット感は折り紙つきだが当然コストはかさむ。
「でも、他社がマネできそうにないものをつくって売れなかった時の精神的ダメージを考えたら、売れそうにないもので挑戦したほうが、開き直れるでしょう(笑)」
開発段階から「このソックスは日本より海外の方が絶対好まれる」というヨミはあった。そのとおり、シドニーの「SUPLLY」、ロサンゼルスの「UNION」など有名セレクトショップでの取り扱いを機に、欧米への卸が始まる。現在では自社ブランドの売上のうち6割を海外が占めるまでになった。ずばり予想が的中したというわけだ。
「CHUPは初めて一からつくったブランドで、自分たちの手で握り当てた金鉱のようなもの。会社が進化、躍進するきっかけになりました」
生産拠点はすべて国内。その一部を埼玉県羽生市にあるエーダイニットが担っている。今では製造されていないというイタリア製のソックス織機がずらり。「同じ機械、同じ糸、同じデータでつくっても、機械を扱う職人さんが変われば仕上がりも変わる。つくる人の感性が大事」(橋本氏)。
織機での編みあがりは、つま先部分が空いた状態。
これを、つま先を縫い合わせる機械にセットし、ソックスの形に仕上げる。
その後、編み込み模様部分の裏糸をととのえ、アイロン、パッケージ作業と、多くの人の手を介して完成する。
写真の機械とは別に、一部のブランドではつま先の縫製に「ハンドリンキング」技術も取り入れている。編み地の目を人の手で拾って編み機にセットするため、生産効率は落ち、工賃も高くなるが、縫い目の部分にごろつきがなく、フィット感ある抜群の履き心地だ。
社内にはファッション誌を置かない。「見るとどうしてもコピーしたくなるから」というのがその理由で、企画のヒントにするのはもっぱら書籍や写真集だ。橋本氏は目先の新しさにまったく興味を示さない。
「ソックスにはデザインのトレンドがありません。あくまで”靴下”ですから、トレンドにもスタンダードにも合わせられる自分たちの引き出しを持っておくことが大切だと思っています。どちらかといえば、私たちはむしろ、ハンドリンキングのように昔からあった技術を再現してつくることが多い。それを新鮮に感じる若い人や、懐かしく感じる40〜60代がターゲットです」
12年には、橋本氏の念願だったソックスを発表した。それが「GLEN CLYDE sea island cotton」。シーアイランドコットンは、カリブ海の小アンチル諸島の6つの島々でしか育たず、ほかの綿花に比べ、大量の労働力と特殊な農業技術を要する綿だ。生産量は綿全体のわずか10万分の1であるうえ、協同組合西印度諸島海島綿協会の許可を得なければ使用できない。だが綿に触れさえすればその違いは歴然。細く長い繊維から生まれるしなやかさ、光沢はまるでシルクのよう。油脂を含むため、独特のぬめり感が肌に心地よい。
「20歳で初めて触れて、いつかはこの糸でソックスをつくりたいと思っていました。夢が叶って糸が届いたときは、一晩抱いて寝ましたよ」
近年はワークブーツ用のソックス、オールデン用のソックスなど、新たなラインでも好評を得ている。「ソックスは基本、汎用性の高いものをつくりますが、逆に○○専用となるとまた面白いものができる」と橋本氏。レッド・ウィングシューストア青山店でも扱われているワークブーツ用ソックスには足首と土踏まずの部分にゴムを入れ、ソックスのずれを軽減した。
「社員にはよく、こんな話をします。我々は今、富士山でいえば六合目あたりを登っているかもしれない。でも頂上に着いた時、実はこの山はエベレストだったと気づくかも。30年ソックスをつくり続けてきてわかったのは、ものづくりには永遠にゴールがないということですね」
「シーアイランドコットン」は超長繊維でなめらか。美しい光沢と柔らかい肌触りが持ち味だが、パラシュートにも使われるほどの強さを併せもつ。これを入手、使用できるのは西印度諸島海島綿協会に申請、面接を経て入会を許された会員だけ。「自社ブランドを持っていること、正会員の直筆の推薦状がいることとか、非常に手間がかかるんです。申請しても初回は落とされるのが普通。でも僕は『なぜこの糸が使いたいか』を延々と語って、一発で許可が下りた。『あんたみたいな人は珍しいね』と言われましたよ」。現在、シーアイランドコットンでカジュアルソックスを生産しているのは日本ではグレン・クライドだけだ。写真下は「SmartWool」とのコラボ製品。