ファッション業界で活躍する若手クリエイターをピックアップ
玉井 健太郎
1980年、千葉県生まれ。2005年セントラル・セント・マーチンズ芸術大学 メンズウェア学科卒業。ロンドンでマーガレット・ハウエル UKのアシスタントデザイナーを務める。帰国後、山縣良和とともにリトゥンアフターワーズを設立。09年に新たに独自のデザイン活動をスタート。ASEEDON
CLÖUDを立ち上げ、並行してワコール「irobe」でパジャマのデザインなども手掛ける。
ファッション界に新しい旋風を巻き起こす新進気鋭のクリエイターたち。次世代を担う彼らのクリエイションとは?ファッションで目指す世界観とは?
ブランド名の「アシードンクラウド」は、幼稚園の時に自身がつくった絵本『くもにのったたね』に由来したもの。コレクションのたびに玉井健太郎氏は小さな物語をつくり、デザインを生み出す。たとえば前回のコレクションは、「たまたま見つけたタイムカプセルの中に入っていた学生たちの写真を見て、おばあさんたちが青春をするために自らの学生服をつくる」という物語。そんな、ちょっと不思議な世界観から生まれた服は、どれも少し懐かしいフォルムと、機能美を兼ね備えている。
アトリエの本棚に並ぶのは、英国セントラル・セント・マーチンズ在学中から集めてきた古い写真集やビジュアル本。20世紀初頭に、イラストで描かれた百貨店の商品カタログなどもある。時間をかけて磨き上げられた昔のヨーロッパのプロダクトの機能美は、玉井氏のデザインインスピレーションの源泉だ。
「古いワークウェアやユニフォームは、ボタンひとつにも意味がある。そういったディテールを大切にしながら、長く大事に着てもらえる〝新しい古着〟をつくりたい」
玉井氏が、ファッションの道に進むきっかけとなったのは、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーンの存在だ。父親の仕事の関係でドイツに暮らした高校時代、ケーブルテレビで彼らのショーを見て衝撃を受けたという。「斬新で異色な表現力に、一気に引き込まれました」。そして、彼らの出身校であるセントラル・セント・マーチンズでファッションを学んだ。
「ひたすらデザインとプレゼンを繰り返す授業。自分との闘いでストレスフルな毎日でしたが、今思い返せば、リサーチ力や、デザインをやりとおす力など、業界で生き抜くためのベースを培われていたんだなと思います」
卒業後、マーガレット・ハウエルのメンズラインのアシスタントを経験。そこではものづくりに対する大きなヒントを得た。
「デザイナーの中には、現実の生活とかけはなれたものをつくる人もいます。でもマーガレットは、デザインする服と、普段の生活、食事、家族との付き合い方、所作に至るまで、すべてが〝彼女らしい〟。つまり、つくるものに嘘偽りがない。その姿を見て、自分も同じようなスタンスで、ものづくりをしていきたいと思いましたね」
リトゥンアフターワーズを経て、6年前に自身のブランドを立ち上げたが、「大成功の野心はない」という。目指すのは自分の服とそれを着る人との〝正しい〟関係づくりだ。
「情報があふれ、つくったものが知らないところで評価され、消費されていく時代。ブランドが大きくなり始めると、そんな状況を意識せざるを得なくなってきます。でも、そのために自分の身近にある大切なことを見失うことのほうが怖いと思うんですよ。僕の理想は〝自分の服とそれを着る人〟という正しい関係性の中で、ものづくりを続けていくこと。さらに、もっと〝人と服が長く付き合っていける環境〟をつくっていけたらいいですね」
文/木原昌子
撮影/細谷 聡