ブランドを作り上げたメンバーが語るブランドへの思いとその成功の軌跡
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1999年、建築デザイナーだった近藤広幸氏がCGグラフィックの制作会社として設立。2005年にファッション事業部を設立し、ブランド「snidel」を立ち上げる。その後、コスメ、飲食、オンラインショップと業容を拡大し、中国市場にも進出。設立14年目となる13年、各事業を7つの事業会社へと移行し、マッシュホールディングスを設立。マッシュスタイルラボは「snidel」「gelato pique」など5つのブランドを擁するファッション企業として再スタートした。
株式会社マッシュホールディングス
代表取締役社長 近藤広幸
CGグラフィック事業からスタートしたマッシュスタイルラボ。2005年にファッション事業部をスタートし、ブランド「スナイデル」を立ち上げてから約9年、ガールズブランドの世界で圧倒的な支持を受け、日本だけでなくアジアでも人気を誇るブランドに成長し、躍進中だ。実は、そのスタートメンバーのほとんどがファッション業界未経験者だ。サンプルづくりなど開発への投資を重視し、チームでのものづくりを大切にする。一般的なアパレル企業の方法論にとらわれず、独自に切り拓いてきたその手法は、業界紙では「型破り」というタイトルで特集が組まれ、今最も注目されている。マッシュスタイルラボの、ブランドにかける思いと姿勢。それはファッション事業部創設期にできあがったものだ。現在「スナイデル」と「フレイアイディー」のチーフデザイナーを務める楠神あさみは、もともと建築デザイナー。姉の友人だった社長の近藤広幸に誘われ、27歳の時に初めてファッションの世界に足を踏み入れた。ジェラートピケの事業部長を務める豊山陽子は、高校卒業後、自分でカフェを経営するなどさまざまな仕事を経験。友人だった近藤に誘われて、ファッション事業の立ち上げに参加することになった。異色の転身の二人を含め、集められたのは5人のメンバー。当初はデザイナーやプレス、店舗開発などやることは山積みだったが、役割は何も決まっていなかった。ただ、それぞれが一生懸命やれることをやる、というスタートだった。「とにかく最初は成功するかどうかもわからないけれど、何かできるんじゃないかという感じで始まったんですよ(笑)」(楠神)
メンバーたちの原動力となっていたのは社長の近藤の言葉だ。「近藤は建築の世界のデザイナーでありながら、究極のデザインは洋服であり、その中で一番やりがいがあるとしたら女性のファッションだと言って挑戦を始めた。その着目がすごいなと思ったし、ものすごい覚悟を感じました。『すべての女性を幸せにする』という言葉に、あ、これは本気だな、やり出したら高みを目指すんだろうなと。何か新しい歴史が始まる緊張感があったんですよ」(豊山)その新しい予感に向かって動く中、半年たつと楠神はデザイナー、豊山はプレスと、メンバーそれぞれの役割が決まっていった。だが、最初の2年間は苦戦する日々。それは「売る」ことに対する苦戦ではなく、社長が「スナイデル」の方向性として打ち出していた「ストリート×フォーマル」というコンセプトが形となるまでの戦いだ。「社長から、売り上げに対する要望を言われたことは一度もなかったんですよ。ただ信じて待っていてくれた。でも、それが一番重かった。責任が重くて(笑)。日本のガールズブランドで自分たちが本当にかっこいいと思うものをつくりたい。すべてをかけて本気で応えたかった」(楠神)最初は「かっこいいものでなければいけない」と思っていた楠神は、ある日、街でパーティ服で着飾った女の子たちの中に「スナイデル」の服を見つける。その時、楠神は純粋な喜びを感じた。私の服で笑顔になってくれる女の子がいる。それが私の幸せだ。その思いが楠神の服づくりを変えた。その直後にデザインしたワンピースができあがった時、プレスをしていた豊山も即座にその変化を肌で感じた。「コンセプトの『ストリート×フォーマル』が、かけあわせでなく、楠神の気持ちを投影した独自のデザインでできあがっていたんです。これだ!と思いましたね。すぐにワンピースを持って走って出版社に行き、そこでこの服のことを1時間もしゃべり続けていましたよ(笑)」(豊山)このワンピースが雑誌に載り、その直後から店舗に問い合わせの電話が鳴り続けた。「スナイデル」が本当のスタートを切った瞬間だ。
「最初の2年は自分たちが納得できる服と、売り方を模索して、みんなが一生懸命だった。そこで情熱と信念を持ったチームができた。私のデザインの変化にすぐに気づいてくれる仲間がいた。そういうチームができたことが、一番の財産じゃないかな」(楠神)「その気持ちのまま、今まで続いてきているという感じなんですよ」(豊山)誰かがブランドを引っぱるのではなく、一人ひとりがブランドを自分のものとして真剣に考え、チームでブランドをつくる。5年前に大手アパレル企業から転職してきた店舗運営責任者の鈴木努は、初めてマッシュスタイルラボの商品を見た時、「本当のリアル・クローズだな」と感じた。「自分たちがつくりたい、着たいものを、自分たちが買いたい値段で楽しそうにつくっている。ほかが何をやろうが関係ない。自分たちが信じているやり方と、ブランドへの情熱でつくっていることに驚きました」(鈴木) その姿勢に呼応するように、鈴木は900名もの店舗スタッフに「すべての女性を幸せにする」接客を浸透させている。「私たち販売員の存在意義は世の中の女性たちを幸せにすることなんです。一生懸命接客して、売れない時は売れなくてもいいと思うんですね。スナイデルの店員さんからすてきなコーディネートをひとつ教えてもらったとか、何かしら心に残すこと。それが私たちの仕事なんです」(鈴木) 「スナイデル」は2010年に上海の伊勢丹に出店。「すべて自分たちの手で丁寧に店づくりをした」(鈴木)と言うように、店舗開発は社長の近藤自ら指揮を取り、現地ショップスタッフにも「すべての女性を幸せにする」ための姿勢を伝え、日本で展開されている商品そのままを販売。その努力が人気に繋がり、現在中国・台湾に79店舗を持ち、今や日本以上の人気ブランドになっている。 軌道に乗ってから、あらゆる展開が早かった。「ジェラートピケ」「フレイアイディー」「リリーブラウン」、そしてこの秋にラインナップに加わった「ファーファー」。「常にすべての女性を幸せにする、という理念のもとで、ターゲットを考える時も遊びの部分を持って想像しているので、子供服などターゲットが変わってもすぐに対応できるんですよ」(豊山) 心から女性を幸せにしたいと思うその先に、まだまだ新しい展開がマッシュスタイルラボから生まれそうだ。
創業期の暗中模索の中からブランドの形をつくってきた経験は、今でも楠神の仕事に対する基本姿勢となっている。「自分たちでつくり上げるということは、教えられたことではなくて、自分が本当に思ったことで行動すること。考えが深まらなければ行動できない。だから必死に考えるんです」
執行役員 企画部 部長
snidelディレクター・FRAY I.D チーフデザイナー
建築デザイナーを経て、2005年にマッシュスタイルラボのファッション事業部創業メンバーとして入社。入社後にファッションデザイナーとしての勉強と経験を重ね、「snidel」のコンセプトの具現化に貢献。現在に至るまでチーフデザイナーとして活躍。
18年以上のアパレル経験を持つ鈴木は、店舗運営の要としてスタッフから絶大な信頼を置かれている。「鈴木の言葉には熱がある。店長・副店長たちも、店舗のメンバーにその思いを伝えたくなるんですよ」(豊山)。「鈴木から売り上げのことを言われたことがない。売れた時は『ありがとう』とお礼の言葉、売れない時はアドバイスの言葉をくれるんです。それが私たちの励みになる」(楠神)。
執行役員 営業1部 部長 店舗運営責任者
大手ファッション企業で店長・VMD・メンズブランドの責任者を経験。18年勤めたのち、販売代行の会社をつくり、独立。マッシュスタイルラボの近藤社長と出会い、意気投合し2009年入社した。全国103店舗の運営と900名の販売スタッフの教育を担当。
プレスとしてスタートし、今はジェラートピケの事業部長として活躍する豊山。「私たちはお客さまに後悔しない買い物をしてもらいたい。それは演出力とか販売力よりも、お店に来た人に、目的に対しての最高のサポートをすること」。あらゆる場面にブランドの思いが行き渡る。
執行役員 ジェラートピケ事業部 部長
兼 FRAY I.D ディレクター
高校卒業後、さまざまな仕事に就き、自らカフェをつくるなどの経験を経たのち、ファッション事業部の創業メンバーとして入社。「snidel」のプレスとして、事業拡大に貢献。現在は「ジェラートピケ」を中心に戦略的な役割を担う。